ロケットを打上げる際に生じる非常に強い音は,人工衛星を振動させ壊してしまうおそれがあるため,その予測や予防が求められます. ところが現在,この音を生み出すメカニズムにはまだ解っていない多くの点が残されています. このうち寺本/岡本研究室では,打上げの一番初めの段階でロケットエンジンのジェットが地面に衝突することで発生する音の特徴を風洞実験で調べ,その結果からこの音を生み出す物理的なメカニズムに迫ろうとしています.

ロケットの響かせる力強い轟音は,人類の宇宙開発の象徴とも言うべき存在ではありますが,実際に打上げられる人工衛星にとっては,この非常に強い音が悪影響となることがあります. 国産ロケットH-IIA打ち上げ時に人工衛星が受ける音圧は約140dB [H-IIA User’s Manual Second Edition, 2001, NASDA-HDBK-1007Dより] と,電車のガード下での騒音の約 100 倍にもなります. この非常に強い音が,人工衛星の構造や電子機器を強く振動させ,壊してしまうおそれがあるのです. ロケットを安全に打上げるためにはこの音を予測・予防する必要がありますが,ここで重要なことは,この音が発生するメカニズムが十分にはわかっておらず,その予測・予防が困難であるという点です.

ロケットの打上げ

この強い音を予測・予防する必要があるということは,アポロ計画の頃には既に注目され,現在までに多くの計測が,最近では数値解析による研究も行われてきました. その結果,ロケットエンジンから噴き出す超音速のジェットが鍵となっていることがわかってきていました. 最近ではこのジェットが詳しく調べられ,ジェットが周りの空気と混ざるときに生じる渦や,ジェットが地面と衝突するときに生じる衝撃波が,音の発生メカニズムと関係しているのではないかと指摘されてきています. それでもなお,これらから音が発生するメカニズムをはっきり示すような証拠はまだ提出されていません. その原因は様々なものが考えられますが,例えば次のような点があげられます.

原因1: 音源を直接目で見ることができない
スピーカーのように実際に物体が振動して発生する音とは違って,ジェットから生じる音を生み出す渦や衝撃波は,空気同士の相互作用で生じるため直接目で見ることは困難です. このため音の発生する位置で何が起こっているのかを捉えることが難しくなります.

原因2: 分解しようとすると非常に多くの周波数が現れてしまう
音の特徴を調べるときにもっとも一般的な方法は,周波数ごとに分解するという方法ですが,ジェットから生じる音をこの方法で解析すると,(Screech ToneやImpingement toneといったいくつかの現象を除いて)非常に多くの周波数成分が現れます. このため,何Hzに注目して詳しく調べるというようなこれまで用いられてきた手法(Phase-lock法など)を用いることができず,取り扱いが難しくなります.

寺本/岡本研究室では,風洞での実験によってこの複雑な音の特徴を調べ,その結果をもとにこの音を生み出す物理現象に迫ろうとしています. 原因1をクリアするために流れをシュリーレン法で可視化し,また得られた画像やマイクロホンで計測した信号を突き合わせて原因2をクリアできるように様々な解析を試みることで,音の発生メカニズムが少しずつ浮かび上がってきています.

シュリーレン法で可視化されたジェットと音響波

この物理現象が明らかになれば,音の発生源をうまくコントロールするような機構を作ることが可能になるでしょう. それによって,人工衛星が受ける音の影響を小さくすることができ,その結果現在の人工衛星に対して行われている,音に耐えられるような設計の制限や,時間とコストのかかる多くの試験が必要ではなくなる可能性もあります. この音の解明が,安全で低コストな将来の宇宙輸送には不可欠なのです. この目標に向けて,新しい計測・解析方法を模索しながら,より多くの証拠を集める試みを寺本/岡本研究室では日々行なっています.