ロケットエンジンは,噴射器を使って燃焼室に燃料を供給しています.燃焼室内は100気圧の高圧かつ3000度の高温,さらにそこへ噴射する燃料は温度-170度の極低温です.つまりロケットエンジン内部では,高圧,高温,極低温という三つの特殊な条件が混ざっているということになります.エンジン内部での燃料の挙動はエンジンの性能に大きく影響しますが,この特殊な条件によって燃料を噴射するときにどのような現象が起こるのか,ということはあまりわかっていません.そこでこのロケットエンジン内部の燃料噴射を実験によって再現することで,どのような現象が起こっているのかを明らかにする研究をしています.

日本のH-IIAロケットが,燃料に液体水素と液体酸素を使用していることは,多くの方がご存知だと思います.ところが,燃料をどのように燃焼室(燃料を燃やす場所)へ供給しているかは知らない方が多いのではないでしょうか?

H-IIAロケットの場合,数百本もの燃料噴射器を用いることで,燃焼室に燃料を供給しています.その噴射器は,右図のように外側からガス状の水素,内側から液体酸素を噴射することで,水素と酸素が混ざりやすいように工夫されています.この水素と酸素の混ざり方にロケットエンジンの性能は大きく左右されるのですが,ロケットエンジンの内部が非常に高圧になっているという特殊な環境が原因で,この混合過程を正確に予測できないというのが現状です.そこで寺本/岡本研究室では,この混合過程を正確に予測するために,高圧下での燃料噴射を液体窒素によって再現する実験を行っています.これらの実験結果により,ロケットエンジンの燃料噴射に伴って,今までには報告されていない特殊な現象が起こることがわかってきました.

ロケットエンジンのインジェクタ

ロケットの燃料に使われる液体酸素は,噴射後周りの燃焼ガスに温められることで液体から気体に変わっていきます.しかし,ロケットエンジンの内部が高圧であることが影響し,液体から気体へと変化する際に常圧下では見られない不思議な(面白い)現象が起こるのです. 皆さんは液体から気体へと変わると聞くと,やかんの中の水が沸騰するような現象を想像するのではないでしょうか? ところがロケットエンジン内部のような高圧環境では,実はこの沸騰という現象が起こらず,液体と気体の区別がつかない「超臨界状態」と呼ばれる状態になってしまうのです. どういうことかというと,例えば水の場合のやかんの例でも挙げたように,沸点を超えると水は沸騰して水蒸気になりますね. つまり,この沸点を境に水の密度が大きく不連続に変わるということになります. それに対して,超臨界状態ではこの沸騰という不連続な密度変化が起こらず,液体の“ような”状態から気体の“ような”状態へと密度が連続的に変化します. そのため超臨界状態では気体と液体の明確な区別がつかず,その噴流は常圧下の噴流(亜臨界噴流)で見られるような液滴が全く見えません. ロケットエンジン燃料の噴流もこのように,液滴の見られない超臨界噴流になっていることが予想されます.

亜臨界噴流(左)と超臨界噴流(右)

この超臨界噴流の特徴を理解することで,ロケット燃料である液体酸素と液体水素の混合過程を正確に予測することが出来るようになります.その結果,ロケットの設計はより簡単なものになるため,この研究はより性能の良いエンジンを低コストで設計することに役立つのではないかと期待されています.